運を生み出す

先日のナイスミドル54でタイトルマッチがあった。
タイトルマッチの後、勝者が別階級のチャンピオンに、観客を前に対戦を申し入れていた。選手同士で対戦を決めてしまうナイスミドルならではの風物詩であろうか。

ときには思いもよらずに決まる対戦もあったりして、選手をよく知るファンにとっての醍醐味だ。思いもよらないという意味では、選手目線では心が追いつかない瞬間もあるかもしれない。自分が絡まなかったことで落胆することもありうる。ただそこには流れや伏線は必ずあって、それまでに積み重ねてきたものが複雑に絡み合って、たどり着いているものである。

「運がいいよね」

対戦が決まることにしても試合そのものにしても、運というのはあるでしょう。タイミングや周りの盛り上がり方も影響してくると思います。

運が良くて希望した対戦が決まる、運が良くて試合に勝つ。見た目にはそういうこともある。ただおそらく選手本人にしてみれば、運を裏付けるための振る舞いや行動、練習など、あらゆる努力はしているわけで、ただ単にタナボタなわけではない。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

自分の想いを形にするための覚悟や決断、そういうものがベースにあっての運。いくら努力しても結果に結びつかないのは、不思議を解明していないから。運命を受け入れる能力も運であり、そこにたどり着いたということは、それは実力とも言える。ただの偶然ではなく、自分を磨き続けてきた日々の努力の賜物。

そして運を引き寄せるのに本当に大切なのは、周りの人たちの支え。自己中心の想いは、儚く消えやすいもの。

必然の運を、必然に撮って、必然に作品にする。

想いを現実にすることは、不思議でもたまたまでもなく、やり続けてきた事の答えである。

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