運を生み出す

先日のナイスミドル54でタイトルマッチがあった。
タイトルマッチの後、勝者が別階級のチャンピオンに、観客を前に対戦を申し入れていた。選手同士で対戦を決めてしまうナイスミドルならではの風物詩であろうか。

ときには思いもよらずに決まる対戦もあったりして、選手をよく知るファンにとっての醍醐味だ。思いもよらないという意味では、選手目線では心が追いつかない瞬間もあるかもしれない。自分が絡まなかったことで落胆することもありうる。ただそこには流れや伏線は必ずあって、それまでに積み重ねてきたものが複雑に絡み合って、たどり着いているものである。

「運がいいよね」

対戦が決まることにしても試合そのものにしても、運というのはあるでしょう。タイミングや周りの盛り上がり方も影響してくると思います。

運が良くて希望した対戦が決まる、運が良くて試合に勝つ。見た目にはそういうこともある。ただおそらく選手本人にしてみれば、運を裏付けるための振る舞いや行動、練習など、あらゆる努力はしているわけで、ただ単にタナボタなわけではない。

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

自分の想いを形にするための覚悟や決断、そういうものがベースにあっての運。いくら努力しても結果に結びつかないのは、不思議を解明していないから。運命を受け入れる能力も運であり、そこにたどり着いたということは、それは実力とも言える。ただの偶然ではなく、自分を磨き続けてきた日々の努力の賜物。

そして運を引き寄せるのに本当に大切なのは、周りの人たちの支え。自己中心の想いは、儚く消えやすいもの。

必然の運を、必然に撮って、必然に作品にする。

想いを現実にすることは、不思議でもたまたまでもなく、やり続けてきた事の答えである。

ときには自然の中へ

先日、地方へ撮影に出向きました。

首都圏の都市を中心に活動しているナイスミドルの選手たちですから、撮影素材の風景にしても同じようなものが多くなってしまい、ダイナミックなスケール感に乏しくなってしまいます。

今回は自然の中で躍動している景色をなるべく撮ることで、一瞬の休息のような感じを出せるシーンとなることと思います。

天候は安定しない地域でしたが、陽は少ないものの、比較的きらびやかな画を多く撮れた気がします。

撮影は3日間、時間にしてほぼまる1日。選手にはハンドルを手に、付き添っていただきました。

撮りたいと思った人を撮る。
その直感は案外ハズレることはなく、想定を越えた答えを得られることの方が多い。

想いを寄せる故郷に帰って、それまで携えてきたものを返そうとする姿勢。自然体でしなやかさがありながら、何かに流されるでもなく、本来あるべき姿を追求していく様は、医師でありながら修行僧のようにも思えた。道場での稽古も基本に忠実に、子供たちと共に型を繰り返し身に付ける。

人を受け入れる器の大きさがありながら、ブレることのない強さも兼ね備えている。

本当に道を極めようとしている精神性を垣間見られたのは、映画作りに奔走することのためと言うよりも、人として生きていく上でのお手本となる生き方を見させてもらえたと言う意味でも、遠方まで来る価値は存分にあった。齢にしてさほど変わらない中で、心に響く経験ができたことは、生き方にも映画にも反映させていけるようにしたいところです。

永遠なるものへの歩み寄り

緊急事態のはずが緊急事態にも思えない日々が、ただただ過ぎて行きますが、プロジェクトは地味に前進しております。

今月下旬に私の師匠の映画が公開されます。
私は助監督として制作に参加していますので、是非ご鑑賞ください。

さてこの映画ですが、主にベートーヴェンの『交響曲第九番』に関して描いているドキュメンタリーです。『第九』といえば、年末の天ぷらそばの替え歌の印象なわけで、ベートーヴェンといえば、私の親の田舎のジイさんが入れ歯を外して「ジャジャジャジャーン」とおどけるのを思い出す程度の認識でした。

ベートーヴェンは54歳で『第九』を完成させ、56歳で亡くなる。作曲者のベートーヴェン本人よりも『第九』のことを長いこと知っているのに、その曲の本当の良さをよく知りませんでした。過去の古い聴き慣れない音楽という認識。しかし決して聴き慣れないわけではなく、意識するまでもなく誰もの脳裏に焼きついている曲であったりする。

知っているのが不思議なようでいて、うわべの部分をすくうようには頭にある。
今回、この映画の制作に参加して、ベートーヴェンが『第九』にどれだけの想いを持ち、楽曲には深さがあるか、よく知ることができた。その背景や、音楽を再現する人たちに触れることで、心だけでなく体で感動することにもつながった。

これらのことを考えていると、実は自分が目指しているところと同じようにも思えてきたのです。
この師匠の映画シリーズに一貫していることは、これからの世の中にも通じるテーマで、完成したその時だけでなく、いつの時代に鑑賞しても感動できる、人の心に響く作品であるということ。それは言ってみればクラシック音楽と共通で、古い作品ではあるけれど、いつの時代の人の心にも届いている、そんな作品。

それはいわばホンモノと言えるモノ。

良さに触れることで伝わる作品。
長く人々に愛されるような作品。

すぐに過ぎ去ってしまったり、いまの時代だけ、目の前にいる人にだけ愛されるのではなく、何度でも触れたくなるような、普遍的に深く人々の心に届くもの。

そして何より多くの人に喜んでもらえる。
そのための映画制作であるということ。

私は映画『NICEMIDDLE!』でそれができるということを頭に、制作を続けております。

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ドキュメンタリー映画『地球交響曲第九番』
http://gaiasymphony.com/no9/

俯瞰からのビジョン

9日のナイスミドル53が中止になってしまいました。
非常に重苦しい社会へと変わってしまいました。皆様はいかにして楽しいミドルライフをお過ごしですか?

編集作業をすすめています。
インタビューを見返し、言葉を起こしている中で、選手の言葉には励まされる一方で、やはり足りない言葉も多く、追撮も必要となってきています。

いまのところは意外と、足りないところや面白いところ、全体の画や内容のバランス的なものも客観的に見られているので、今後の撮影で選手に動いてもらう必要があるのがどういった箇所かが、見えてきています。逆にこれから編集を進めて行くと逆に見えなくなっていくこともあろうかと思います。

編集をしていると、どうしても自分の世界で、自分からの視点でしか見られなくなることがあります。

「面白くない」とか「おかしい」とか「ワケがわからない」ように編集していたりしていても、そういうことに気づかずに進めていたりということはよくあります。なので時々、頭を冷やす意味でも、同じ編集からは離れたりすることがあります。

幸いにもこれまで撮影した映像素材は、バラエティーに富んだいろいろなものがあります。パッと、見た目には偏りはないかなと思います。でもまだ面白いものは撮れると思うので、さらに撮りためて行くことも必要です。もっとカッコイイと思える画も、作り出して撮ることもあろうかと思います。

あと必要になるのは音楽です。
音楽もバラエティーに富んだ感じにできればと考えています。シーンや出演選手の雰囲気に合うことが重要ですが、いい楽曲がありましたら、是非とも推薦していただければ幸いです。

春からの再生

温かく心地よい季節がやってきました。ここから様々なことでスタートを切る方も多いことと思います。ナイスミドルの映画制作も、ここを境に更にペースアップしていく所存です。

今日は某選手出場の全国大会で撮影させていただきました。と言っても格闘技の大会ではありませんでした。

これまでこのプロジェクトでの撮影回数は180回以上、インタビュー撮影は90回以上を行なっており、インタビューの文字起こしもほぼ済ませており、編集も徐々に進めております。

ご出演いただく予定の選手の皆さんは、世間的に知られていない方々が多く、監督自身も存じあげない方々ばかりでしたので、撮影開始当初、まずは選手を知ることから始めました。

経歴や参加動機だけでも興味深い方はいらっしゃいますが、作品を紡いでいく中で大切したいのは、彼らがどういった想いを持った人で、どういった方向へ進もうとしているのかということです。一度や二度、お会いして話しただけでは知りえない選手の素の部分や、日頃抱いている想いなどを察知し、撮影していく中でそれらをできるだけ引き出せればと考えております。なるべく時間をかけて、各々の深いところを作品につなげていけるよう、その人らしさを撮らせていただこうとしております。

饒舌で表現力がある必要はなく、温度を感じられることが肝心です。イイところがあるだろう人でも、イイところはすぐに出てこない、という方のほうが多いと思います。映画は作品ですから、たくさんの人々の大切な想いを残していけるよう、あらゆる作戦を用いて、皆さんのイイものを監督のフィルターの中に収めていこうとしています。

最近になってようやく選手のことが見え始めてきた気がします。そうしたらここからが本当の仕切り直しです。試行錯誤しながらも、まだまだ撮りまくっていきます。